研究ではコンコルド効果に注意
学部生~修士課程学生くらいの理科系の全般向けの内容で、雑文です。「コンコルド効果」の意味を既に知っている方は、目次の2番目と3番目のみ読んでいただけたらと思います。
埋没費用とは?無視すべき過去のコスト
研究に限った話ではないのですが、意思決定が必要な時の重要な考え方として「埋没費用(sunk cost, サンクコスト)」という概念があります。埋没費用の意味は「どんな選択肢を選んでも回収することのできない(過去費やしてしまった)費用」のことです。
埋没費用は回収できないコストなので、未来の選択に影響させるべきではないのですが、人間は心理的に埋没費用に執着してしまう傾向があり、これを「コンコルド効果」と言います。由来が分かりやすいのでウィキペディア(コンコルド効果)から引用します:
(コンコルド効果とは)「埋没費用効果 (sunk cost effect)」の別名であり、ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資がやめられない状態を指す。 超音速旅客機コンコルドの商業的失敗を由来とする。
以上の引用は、コンコルドという馴染みのないものの例なので、若干共感しづらいかもしれません。身近な例として、「つまらない映画を鑑賞し続けるべきか」という問題がもっとわかりやすいです。以下にウィキペディア(埋没費用)から引用します。
つまらない映画を観賞し続けるべきか:
2時間の映画のチケットを1800円で購入したとする。映画館に入場し映画を観始めた。10分後に映画がつまらないと感じられた場合にその映画を観続けるべきか、それとも途中で映画館を退出して残りの時間を有効に使うべきかが問題となる。・映画を観続けた場合:チケット料金1800円と上映時間の2時間を失う。
・映画を観るのを途中でやめた場合:チケット代1800円と退出までの上映時間の10分間は失うが、残った時間の1時間50分をより有効に使うことができる。この場合、チケット代1800円とつまらないと感じるまでの10分が埋没費用である。この埋没費用は、この段階において上記のどちらの選択肢を選んだとしても回収できない費用である。よってこの場合は既に回収不能な1800円は判断基準から除外し、「今後この映画が面白くなる可能性」と「鑑賞を中断した場合に得られる1時間50分」を比較するのが経済的に合理的である。
しかしながら、多くの人は1800円を判断基準に含めてしまいがちである。
埋没費用の無視はあらゆる場面で大事
埋没費用(=過去に投入した、回収不能な費用)に拘ってしまう心理的呪縛はなかなか強いと思います。研究活動においても、「今までこのプロジェクトを進めてきたのだから、今更撤退は嫌だ」と考えてしまいがち。ここで、「せっかくやってきたのだから」「今更撤退するのはもったいない」という情を持つことが合理的ではありません。それでは未来のチャンスを失ってしまいます。あるプロジェクトについて「撤退」あるいは「継続」という選択肢があるなら、それぞれから将来得られるであろう利益・不利益のみを比較し、選択しないといけません。このとき、埋没費用(今まで投入した労力)は度外視して考えなければなりません
理系の研究では基本的に失敗が多いので、プロジェクトの継続や撤退の判断を迫られる機会は多いと思います。自律的に研究を進め、その中で何度か失敗も経験していれば、遅かれ早かれほとんどの大学院生は、埋没費用を理性的に無視しなければ研究が立ち行かなくなることに気が付くと思います。私個人の考えですが、このあたりの判断センスは、研究者として重要な素質の一つだと思うので、よかったら頭の片隅にでも入れてみてください。
埋没費用の概念が大事なのは何も研究に限ったことではなく、日常の判断や人生の選択にまで及ぶと思います。
例えば、
あなたは業績なしの鳴かず飛ばずのポスドクである。数年後の職は見つからないかもしれない。いま転職すべきか、もう少し頑張るべきか。
こうしたとき、「せっかく今まで研究してきたのだから、これからも研究を続けたい」という思考パターンは合理的ではありません。ポスドクを続けるか、あるいは転職するか、などの選択肢の中から未来の利益を最大化できるものを探すべきです。「せっかく今までやってきた」は埋没費用に対する感情なので判断材料に含めてはいけません。同様のことが、例えば、大学院中退するかどうか悩む学生や、転職を考える社会人についても言えると思います。これらの場合、「せっかく入学したのに」「せっかく就職したのに」という感情はナンセンスです。そうでなくて、未来を見ましょう。
ただし、単純に「埋没費用は無視せよ!」と考えにくい場合もあると思うので、最後にそれを考えてみます。以下の2パターンは、どちらも「外部の目が関与しているゆえに」埋没費用への対処が一筋縄ではいかないと考えられる例です。
対応が難しい埋没費用の対策(研究室あるある)
例:
行き詰まりに達した研究プロジェクトAからあなたは撤退したい。しかし指導教官は「せっかくここまでやったのだから、もう少し続けてみよう」と言う。あなたは埋没費用は無視して、新しいプロジェクトBを始めたいと考えている。こんなとき、次の問題はあり得ると思います。
パターン1
「プロジェクトAをやります」と書いて獲得した研究費を、全く異なるプロジェクトBに変更することは面倒の原因になるかもしれません。融通は利く場合が多いと思いますが、もしあなたが大学院生なら、研究費申請を書いた教員は変更を嫌がるでしょう。この対策として「プロジェクトAに関連したテーマとしてBをやる」というタテマエを通す方法が考えられます。プロジェクトAに完全に失敗したわけではない、と主張できるならそうしましょう。あくまでプロジェクトAの関連事項としてBをやります、と主張できれば他人を説得しやすいです。
パターン2
また、いきなりプロジェクトAから完全撤退というのもやりにくい場合が多いと思います。その時点で、撤退=失敗を認めたことになるから、評価がマイナスになってしまうからです。これを避けるためには、「プロジェクトAは一時中断し、その間にプロジェクトBで一定の成果を出すことを目指す」のが無難かもしれません。ここでプロジェクトAは「一時中断」というタテマエにすることができれば、(プロジェクトAの失敗ではないから)この時点で評価はそれほどマイナスにはなりません。プロジェクトBで成果が出始めた後にプロジェクトAから完全撤退を宣言すれば、差し引きして大きなマイナスは避けられると思います。(ただ、この作戦はバレやすいと思います。効果は多少あっても微妙なとこかもしれません。)
研究プロジェクトを変更したい時、教授や指導教官の説得が難しいことは多いと思います。理系の皆さんは良かったら参考にしてみてください。