研究テーマの有利不利(選び方)
ここでは生物学の分野で大学院生や若手が研究する際に、得する研究テーマ、損するテーマについて下記2つの要素を考えてみます。
(1)そのラボのメインテーマかどうか。
(2)流行しているテーマかどうか。
研究者なら、ラボのメインテーマや流行に乗らず「独創的・新規的研究テーマに挑戦しよう」と言うべきなのですが、そういう「尤もだけど役に立たないアドバイス」よりは現実に即した打算的考え方を説明します。この記事は、修士過程で就職する人よりは、博士進学予定の人や、博士在籍中あるいはポスドクを始める若い人を対象にしています。
そのラボのメインテーマに関連するかどうか
大学院生でも、若手研究者でも、所属ラボのメインテーマ関連を選ぶ方が圧倒的に有利です。「有利」というのは、短期的には学位取得・論文を書く点において有利ということですが、長期的にアカデミアで研究者として成功する(よいポストを得る)ためにも有利であるということです。
最も明らかなのは、「ラボのメインテーマに近い研究」ほどラボに技術や知識の蓄積があるので、研究を効率的に進めやすいという点だと思います。生物学の実験では、論文に記載されていないコツのようなものがしばしば存在するので、日常の実験を進める上で有利です。実験に必要な道具や試薬がそろっているはずだから、すぐに実験ができるはずです。さらに、ラボのメインテーマに深く関われば関わっているほど、教授や他のスタッフが知識・興味を持っているはずだから、レベルの高いディスカッションをしながら研究を進めることができます。
このように、研究を進めるにあたって競争に有利であるだけでなく、ラボのメインテーマであれば論文投稿もしやすいはずです。論文投稿すれば、ピアレビューという形で、他の研究者からの審査を受けるわけですが、このとき「~の分野では~教授が第一人者である」よって「~教授のラボから~のテーマの研究は信頼できるはずである」という認識を持たれることは一般的です。そのため、強引な論が主張されていても審査が甘くなります。同様のことが研究費の申請時も起こります。即ち、「~教授のラボの若手が研究費申請している、~のテーマの研究は、当該ラボの過去の実績からして問題ないであろう。よって採択。」と判断されやすいです。
以上のような事情があるので、学生や若手はラボのメインテーマ(教授が実績を残してきた分野)から離れるのは危険があります。メインテーマから外れると、下手をすれば教授が興味を持ってくれず、(特に教授の性格に問題がある場合は)論文投稿さえ許可されない状況になってしまいます。学生・若手にとってこれは危険です。
まとめると:
1.教授の興味を集められる
・・・研究費を投入してもらえる+ディスカッションが活発になる+論文書くのを手伝ってくれる。
2.環境が整っている
・・・実験の道具・コツ、知識、内部事情の知見の蓄積があるので研究が早く進む。
3.教授の名前を利用できる
・・・論文投稿時の審査が甘くなる+研究費申請時に信頼されやすい
などの決定的な利点があるので、大学院生や若い研究者はラボのメインテーマにできるだけ近い研究をすることを推奨します。
まだ力不足の若手にとって断然有利な環境で研究できます。主体性が失われるリスクがありますが、長い目で見れば殆どの場合は問題ないと思われます。教授に見放されたり、独自性を貫いた結果路頭に迷うようなリスクがずっと小さいでしょう。
流行しているテーマかどうか
こちらの観点はラボ(教授)の考え方にも依ると思いますが、流行テーマが有利なのは間違いないと私は思います。10年前のiPSとか、最近の免疫チェックポイント、ビックデータ関連とかが該当すると思います。関係ない分野の人でも、こじつけてそれらしいことをすれば、研究内容から想定されるよりもインパクトが高い雑誌に受理されたりします。
また、より影響が大きいのは、論文投稿時より研究費申請時かもしれません。iPSなんてそれこそ国策なので、「税金を元にしている」研究費を誰に分配すべきかという話になったとき、かなり有利になっていました(今はそうでもないかもしれません)。
分子に着目した研究でも、例えば流行中の分子(PD1のような、「みんなが重要だと考えている分子」)に着目すれば、何となく「これは大事なんだろうな」という考えに相手を誘導することができますし、話題になっているので最先端を自然にフォローして勉強でき、そしてその技術を活かした就職先(大学・民間とも)も見つけやすいです。
逆に、よくわからないマイナー分子を対象にした研究で、「重要性をこれから研究して示します」なんて主張するのは、研究としては面白いはずですが、並の若手にはきついと思います。実績のない若手が新しいことを言ってもまあ信頼されません。ラボ内で教授や他のメンバーのフォローがあればマシでしょうが、流行外のテーマ(分子)は学会発表しても聴衆が集まらないからディスカッションも盛り上がらず、自分の成長になりません。コミュニティ内で自分のアピールも難しくなるから就職も不利になるかもしれない。さらに研究のインパクトも低くなりがちです。他者を説得できなければ、研究費の取得だけでなく、最終的にはアカデミアポストを得る際に苦労してしまいます。そのリスクを負うのが真の研究者かもしれませんが、明らかに優秀な若手でもない限り、これを実行すると当人が無駄に苦しむ面が大きいと思います。
流行を全く無視するのは、研究者の主体性や他人を説得する能力を鍛えられる点でいいのかもしれませんが、現在ではリスク(職を失う危険)が大きすぎると思います。研究者として理想的だとは思いませんが、うまく流行に乗ることはアカデミアで生き残るうえで重要だと思います。