教授の公募と助教募集

元助教が大学教員の採用について書いてみます。教授でも助教でも公募で教員が採用されるときは、基本的に研究能力や教育力などが審査されるのですが、ここではもう少し広い視点で書いてみたいと思います。


助教採用ではコネ大事

研究統括者(PI)ではない国公立大学の一般的な助教採用では、基本的に受け入れ側の研究室教授の裁量がとても大きいです。よっぽどじゃないければ、教授会で反対されたりしません。「よっぽど」というのは、明らかな不適合が疑われるときで、例えば、「博士学位まだなし」とか「出身大の偏差値低すぎ(飼い殺しするつもりか?)」とかがありうるかもしれませんが、稀だと思います。

1年更新のポスドクや特任助教と違って、大体の場合、教授は自分の定年退職まで働いてもらうつもりで助教を探すので、人となりの分からない・信頼できない人の採用はかなり躊躇うと思います。具体的には、知り合いの伝手だったり、共同研究をやった経験があって、人物像がわかる人が採用されやすいです。

特に若い人の場合、論文数などの業績はあんまり関係ない気がします。教育抱負や面接がズレていたらもったいないので、受け入れ側のニーズは把握しておきましょう。ガチ公募なら綿密に審査されると思いますが、それでも最終決定の前に関係者にお尋ね(例:この人どうなの電話)が行くと思います。その意味で、助教採用では、全くコネなしのガチ公募は少ないと私は思っています。

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教授公募は出来レースなの?

私は下っ端助教で大学を辞めたので、確証を得ませんが「出来レースの当て馬にされた!」主張がネットで散見される割に、実際そんなに多くないと感じます。理由は、出来レースだと思われていた教授選で内部昇進者が負けている例をよく見るからです。実際はどちらの場合もあるんではないかと私は思っています。

基本的に大学や研究コミュニティ内の派閥とか利害関係とか色々あって、それらに従って新任教授が投票されて決められるだけです。出来レースがあったとして、それに造反する教授が「公平性を貫いた善人」なわけないです。教授によって、「研究業績だけを重視」「教育も結構重視」「医学部だから医師じゃなきゃダメ」とか考え方に違いがあります。「候補者Aの方が研究業績が多いのに負けた!不公平」的な話がよくあるけど、説得力はほとんどないです。会社でもなんでも「就活」では、相手のニーズに応えられそうか否かだけが問題になると思います。「研究業績だけで決める」なんてルールはないと思います(けどこれが正しいと思い込んでいる人が多い気がします。意味わからんです)。


教授が退官した後に新任の教授が就くので、前任教授の下に付いていた若手たちは転職活動しなくてはなりません。前任教授の息がかかった新任教授が就けば安心かもしれませんが、今の時代は大学教員の雇用はもっと流動的です。


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